知財高判令和4年2月10日(令和2年(行ケ)第10114号)審決取消請求事件
当事者
原告(商標権者):X
被告(審判請求人):ボースト ブランズ グループ,エルエルシー
事案の概要
被告は、原告の商標登録第5674320号に係る不使用取消審判(取消2018‐300723号)を請求したところ、要証期間内に使用事実を証明したものと認められず、また、本件審判請求が信義則違反又は権利の濫用に該当するものとはいえないとして商標登録を取り消すとの審決がなされたため、原告が当該審決の取消しを求めて訴えを提起した事案である。
和解契約の主な内容
①原告らは、「BOAST」の商号で「BOAST」商標を付した商品を米国外で自由に販売することができることを確認する旨の条項(12項)、②ブランデッドボースト社(※1)は、世界中でボースト社(※2)又は原告によるその他の登録により保護される原告らの商号権及び商標権を妨害しない旨の条項(14項)
※1 Branded Boast,LLC…原告から米国での「BOAST」ブランドに係る事業及び商標権の譲渡を受けた会社
※2 Boast,Inc…原告が米国に設立した「BOAST」ブランドに係る事業を行う会社
判旨
商標法50条1項が,「何人も」,同項所定の商標登録取消審判を請求することができる旨を規定し,請求人適格について制限を設けていないのは,不使用商標の累積により他人の商標選択の幅を狭くする事態を抑制するとともに,請求人を「利害関係人」に限ると定めた場合に必要とされる利害関係の有無の審理のための時間を削減し,審理の迅速を図るという公益的観点によるものと解される。
一方で,商標権に関する紛争の解決を目的として和解契約が締結され,その和解契約において当事者の一方が他方(商標権者)に対して当該商標権について不争義務を負うことが合意された場合には,そのような当事者間の合意の効力を尊重することは,当該商標権の利用を促進するという効果をもたらすものである。また,このように当事者間の合意の効力を尊重するとしても,第三者が当該商標権に係る商標登録について同項所定の商標登録取消審判を請求することは可能であるから,上記公益的観点による利益を損なうものとはいえない。
したがって,和解契約に基づいて商標権について不争義務を負う者が,当該商標権に係る商標登録について同項所定の商標登録取消審判を請求することは,信義則に反し許されないと解するのが相当である。
雑感
本件は、商標法50条1項において、審判の請求人適格として規定された「何人も」と、和解の当事者間で合意したいわゆる「不争義務」のいずれが優先されるかについて争われた事件である。
原審(不使用取消審判)においては、被告が適式な呼出しを受けながら口頭弁論期日に出頭せず、準備書面を提出しなかったため、請求原因事実について争うことを明らかにしていないという前提の下、審判請求が信義則違反又は権利の濫用に該当するものとはいえないなどとして、商標登録を取り消すとの審決がなされた。
これに対し、本件取消訴訟では、和解条項14項の「世界中でボースト社又は原告によるその他の登録により保護される原告らの商号権及び商標権を妨害しない」にいう「妨害しない」との文言を「BOAST」ブランドに係る商標権等の有効性を争わない義務(いわゆる不争義務)を負うことを定めた趣旨を含むと解した上で上記を判旨とする判決がなされた。
下級審の判決とはいえ、「何人も」の趣旨を丁寧に説示した部分は重要であり、その上で不争義務が優先されるとした判決はさらに重要性が認められるため、注目に値する判決といえる。